2019年10月29日
2019年10月29日火曜日 N/A 本・コミック・雑誌
【週刊READING LIFE 記事更新!】変人の中の変人《週刊READING LIFE Vol.55 「変人伝」~変だけど最高に面白い人物図鑑~》

私がその「変人」を初めて見たのは、今からざっと20年前、携帯電話にカメラ機能が搭載され始めた頃のことだ。当時、貧乏学生だった私は、よく閉店間際のスーパーに、お惣菜を買いに足を運んでいた。
夕方のピークを過ぎ、タイムセールや特売の案内放送が止んだ、静かなスーパーに、そのひとの甲高い声はよく響いた。

「いらっしゃいませ」

手にしていた商品の記憶はあいまいだが、確か3割引きの太巻きと、半額のから揚げのどちらを買おうか、私は迷っていたはずだ。いったん品定めの手を止め、声がする方を見やったが、冷凍食品が入っている大型の冷蔵庫が邪魔をして、声の主を視界にとらえることはできなかった。
数分後、うじうじ悩んだ末に選んだ太巻きや、調理しなくても口にできる食品やらを入れたかごを持って、レジに向かうと、そこに「変人」はいた。
年の頃、40歳前後。度の強い眼鏡をかけ、紺色のベストの胸ポケットには、名札の代わりに大きなパンダのアップリケが縫い付けてあった。

「いらしゃいませ」

最初の「い」は、長く伸ばされ、次の「ら」は、若干巻き舌で強く発音され、残りの「っしゃいませ」は、「ま」しか聞きとれないほど、高速で過ぎ去っていった。

「トイレットペーパー、398円、ラップ、248円、納豆、98円、ヨーグルト、148円、太巻き寿司、298円の3割引きで、合計1,155円です」

財布を手にした私は、一瞬固まる。千円札を取り出そうとする手が、うまく動かせなかった。
なぜなら、そのひとの、商品をカゴからカゴへと移す動きが、猛烈に速かったのだ。
商品のバーコードを、ただ通すだけでなく、商品名と金額をわざわざ読み上げる、その声の流れが、強烈に速かったのだ。

新人と書かれた名札をつけた、レジ係の人の仕事を、普通電車の速度とするなら、ベテランの域に達している人のそれは、快速電車並みだろう。
そして、そのとき目の前にいた人の速度は、新幹線級だった。

急発進したかと思うと、途中で一駅も停車することなく、終点までたどり着いた新幹線は、もたもたする乗客が降りるのを、静かに待っている。私は、停車したことに気づいて、飛び起きた乗客のように、あわてて千円札1枚と100円玉2枚を財布から取り出して、トレイに乗せた。

「45円のおつりになります」

右手の中指一本を使って、レジの中から10円玉を4枚、5円玉を1枚、左の手のひらに、これまた超高速で滑り落とすと、最後はふわりと、私の手の中に着地させた。

「ありがとうございました」

「いらっしゃいませ」とは対照的に、一文字一文字しっかりと発音された「ありがとうございました」と、腰から体を斜め45度に折り曲げたあいさつを終えると、新幹線はまた、次のお客さんを乗せて走り出した。

私が住み始めるずっと以前から、その街の住人だった友だちに、そのひとのことを尋ねてみた。

「知ってる、知ってる。レジの変なひとね。パンダおばちゃんだよ。あたしが小学生のころからいるよ」

《気になる続きはこちら↓》
http://tenro-in.com/reading-life-vol-55/104363

《ライティング・ゼミについてはこちら↓》
http://tenro-in.com/zemi/102023