「10分間のカセットテープ」
 
仲の良い友人に「結婚式お願いね」と声をかけられるのは、プランナーの冥利に尽きる出来事のひとつです。
「彼と結婚することになったの。それで、あなたにプランナーをお願いしたいのだけど、相談に乗ってくれる?」
そう言って電話をかけてきたのは、中学、高校と同じ女子高で机を並べていた大親友。
高校卒業後は、別々の学校へ進んだものの常に連絡を取り合っており、社会人になった現在も1か月に1度は必ず会っているほどです。
住んでいるところも近かったので、学生の頃は互いの家を行き来することも多く、彼女のご両親は、私のことを彼女とおなじくらい可愛がってくださいました。
そんな彼女からの申し出は、親友としてとてもうれしく、幸せなことでした。
しかも、自分がなりたくてなった仕事を大事な友達のために活かすことができるなんて、絶対に素敵な式にしようと心に誓いました。
ただ、その一方で、彼女の声がどこか沈んでいることにも気付いたのです。
「ありがとう、任せて。できるだけのことをしっかりさせてもらうから。……それにしても、ちょっと急だね」
彼女の結婚相手は付き合って半年ちょっとの男性でした。
これまで彼女の恋愛をずっと見てきた私としても、たしかに今の彼と幸せになってくれたらいいなぁとは思っていましたが、それでも手放しで喜ぶことのできない、何かひっかかるものがあったのです。
「うん。それがね……」
彼女の声が詰まりました。あまりに深刻そうな声に、思い当たることがありました。
「お父さんのこと?」
大親友のお父さまは、2年前に大腸がんを患い、手術したものの転移が進んでおり、もう長くないのではと言われていました。
「一刻も早く式を挙げたいの。もう1か月もたないだろうって言われてしまって……」
「1か月……」
私は言葉を失いました。
慌てて式場を押さえるとしても、病身のお父さまは参列できるのだろうか・・・
それより何より、きちんと成功させることができるのだろうか?
一瞬にして様々な「?」が頭をめぐりました。
私は自分に「落ち着いて」と言い聞かせ、1回大きく深呼吸をし、言葉を続けました。
「できないことはないと思うけれど、お父さまはどのくらいの時間、外にいても大丈夫? 今どんな状態なの? それに、ほかの参列してもらう方たちはどうする? お招きするのは間に合うかしら・・・」
「意識ははっきりしているんだけど、ずっとベッドにいるわ。 ベッドごと、父を運ぶことはできないかしら。ねえ、どう?  どうしたら、どうしたら参列してもらえる?」
最後の方は嗚咽で聞きとれませんでした。
混乱している彼女の話だけでは、状況判断ができないため、とにかく、お父さまの入院されている病院にうかがうことを約束しました。
電話を切り、ふと気づくと、私の目からも涙があふれていました。
新宿にあるその大きな病院を訪ねたのは、数日後の夕方でした。
彼女のお父さまは点滴をした状態で、ベッドに横になっていました。
以前お会いした時よりやせ細ってはいらっしゃいましたが、意識ははっきりされていて、私がうかがうと「おお」と、半身を起そうとされました。
「そのままになさってください。お加減はいかがですか」
「来てくれてありがとう。ちょうどよかった。預かってほしいものがあるんですよ。身内には言えないから、いつかあなたに預ける機会がないものかと、ずっと思っていました。そこの戸棚の引き出しのいちばん奥にある封筒を取ってもらえませんか」
病室に備え付けの小さな戸棚の引き出しを開けると、小さな封筒が出てきました。中には、まだ赤ちゃんだった親友を抱いているお父様の写真と、10分のカセットテープが入っていました。
「あの子が結婚するときに渡してやろうと思っていたものなんです」
「おじさん……」
私は胸がいっぱいになって、涙が出そうになるのを必死で抑えながら、
「おじさん。来月……綾香は、来月結婚式を挙げるんです。会場、押さえたんですよ。だからおじさん、ぜひ参列してくださいね」
と伝えたのですが、お父さまは小さく首を横に振られました。
「こうしているとね、自分の寿命が分かるんです。来月は、たぶん、無理でしょう。焦らず、盛大ないい結婚式を挙げてやってください。その封筒もお願いしますよ」
「・・・」
強い光をたたえた目で見つめられながら、一つひとつの言葉をゆっくりお話されるお父さまに、これ以上、何も言うことはできませんでした。「とりあえず」ということで、封筒をお預かりし、帰途に就くのが精いっぱいだったのです。
お父さまの前ではどうにか涙をこらえることができたものの、帰りのバスの中では、ハンカチを顔から離すことができませんでした。
家に帰り、預かったテープを再生してみようかと思いましたが、怖くてどうしてもできず、そのまま机の奥にしまいました。
その1週間後、お父さまは容態が急変し、お亡くなりになりました。親友の結婚式まで、あと2週間を残すばかりでした。
親友の落ち込みようは大変なものでした。結婚式はもちろん延期になり、彼氏はずっと彼女のそばで励まし続けていました。
お父さまの死からちょうど2年後、彼女はジューンブライドになりました。参列者は両家合わせて80人。盛大なパーティ-です。私もプランナーとして、ずっと一緒に準備をしてきました。
式を終え、披露宴が始まりました。
花嫁が中座、お色直しでの入場の後、私は2年間ずっと内緒にしてきたあのテープをかけることにしました。結局この日まで、中身を聞くことはできなかったのですが……。
ドキドキしながらテープの再生ボタンを押すと、お父さまの元気な声が流れてきました。
「よっ、綾香、元気か? 大きくなったなぁ。
花嫁姿を見られなくて残念だけれど。
さぞかしキレイなんだろうなぁ~。
おまえは小さい頃、風邪ばっかりひいて身体が弱かった。
その割に勝気でいたずらをよく仕掛けてきたよな。
覚えているか?
夏休みにお父さんの田舎に連れていったとき、
外から鍵がかかるトイレに父さんが入ったら、
お前が鍵を閉めてしまったこと。
全然お前が開けてくれないから、
『助けてくれーっ』と叫んだんだけど。
あれは恥ずかしかったな~。」
場内は大爆笑。
親友も初めこそ驚いていましたが、
お父さまのトークに涙を流しながら笑っています。
ユーモアがあり、いつも笑いを忘れないお父さまらしいな、と私はうれしくなりました。
「そして―、綾香をもらってくれた新郎へ・・・
娘は大人になってもいたずらを仕掛けてくるかもしれませんので、注意してくださいね。
もしも綾香が、ぷーっとふくれ面をしたら、甘いものを食べさせると機嫌が直るはずです。
それから、彼女は一見、気が強そうだけど、根は甘えん坊で、いたってやさしい子です。
どうぞ、末永く大事にしてやってください」
親友のドレスを着た肩が大きく震えていました。
新郎も真っ赤な目でうなずきながら、聞いています。
少し間をおいた後、お父さまは最後の言葉をおっしゃいました。
「おめでとう。幸せになれよ」
その言葉を聞いたそこにいる誰もが、涙を止めることができませんでした。